リスニングを強化する単純な方法

リスニングができないということは、英語のリズムを体得していないということです。リーディングもある程度までは、文法規則を頼りに理屈で文意を解いていくことができます。しかし、それだけでは限界があって、言語のリズムを体得するということはどこかでやらなければなりません。人によっては知らぬ間に会得しているようだが、私はその境地には至っておらず、リーディングと比較するとリスニングが弱い。そのため、リスニングを鍛えることで全体的に英語力が底上げされることを期待し、集中的にリスニングの訓練を行っているところです。

リスニングを強化するには、身も蓋もない話だが、英語を沢山聞くしかないと思っています。ある程度の分量の英語を集中して聞くことを、ある程度の期間・ある程度の頻度で繰り返せばリスニング力を得る――という仮説を持っています。つまり、

リスニング力 = 期間 x 頻度 x 分量 x 集中

ということです。ここでポイントとなるのは集中して聞くことでしょう。聞き取ろうとしなければ、聞き取れるようにはならない。私は聞き流しには否定的で、聞く力のない人が耳を傾けずに英語を聞いても言語として認識しない。洋楽を聞いても音にしか聞こないでしょう? 言っていることを理解しようと能動的にリスニングをしなければ、英語は英語に聞こえず、聞き取れるようには決してならないと考えます。

リスニング教材は、好きなものを選べばいいと思うが、純粋に言語だけのものが良いでしょう。映画は会話以外の部分が多いので、英語の密度が低い。好きな映画でも何度も見たら展開などに飽きてしまう。言っていることが全部分かるようになる前に飽きてしまったら、おそらく効果が薄い。言っていることが分かる状態で、何度も聞いて耳を慣らすのがいいと思われます。

日本では TOEIC は英語力を測定するのに非常によいベンチマークであり、TOEIC のリスニングの点数を上げることをターゲットとして学習するのであれば、やはり TOEIC のリスニング試験の問題が最も良い教材であろう。点数として数値化された方が学習の意欲を保つことができます。また、TOEIC の問題は、易しくてきれいな英語であるし、問題を解くことで一定時間強制的に聞くことに集中させられる。何度も同じ問題を解いたら内容を覚えてしまうが、そのときは音声の速度を上げて負荷を高めることもできる。

そこで、公式問題集2冊のリスニング問題4セットと韓国で出版されているリスニングの問題集の5セット、合計9セットをローテーションで毎日解くということをやっています。おそらく2ヶ月ほど続ければ、リスニングで満点に近い点数が取れるようになると予想しています。これは平易な英語であればほぼ完全に聞き取れる状態です。相手が何を言っているか分からないことによって、寂しい思いをすることはなくなるのではないかと期待してしています。

要するに努力しないとどうにもならないということ。

英作文の基本: 文は必ず前の文を受ける

文章というのは、直前の文を受けて話を進めていくものです。これは日本語でも正しいのですが、英語の場合はそのようにしなければ文章として成立しないように文法ができています。そのため、英作文をする場合はこの規則を守らなければ、不自然で格好の悪い文章になってしまいます。英語は論理的だとしばしば言われますが、話を順に進めていくことを論理的というのであれば、英語は論理的にしか語れないようにできています。

私はこの事実を、杉原厚吉による 『理科系のための英文作法――文章をなめらかにつなぐ四つの法則』 という本で知りました。この本は有用性が高く、形式的でかっちりしたものが好きな人には薦めます。

杉原の本には以下のように述べられています:

文章の中の一つ一つの文は、それ以前の部分で呈示された情報に新しい情報の断片をつけ加え、それによって少し増えた情報の全体を、さらに次の部分へ送るという機能をもつ。(中略) 文章の中の各文は、古い情報を引き継ぐ部分と、新しい情報をつけ加える部分からなる。このとき、古い情報を引き継ぐ部分が早く現れる文ほど読みやすい。

そして、英語には古い情報を引き継ぐための部品が言語組み込みで用意されています。例えば、

  • 定冠詞 (the)
  • 指示形容詞 (this, that)
  • 代名詞 (this, that, it)
  • 関係代名詞 (which, that)

などです。これらを駆使して情報をつけ足しつけ足ししていきながら話を展開していくのが、英語の文章の基本的な構成になります。

日本語には、このような古い情報を引き継ぐための文法は貧弱です。これ・それ・あれ、この・その・あの、といった 「こそあど言葉」 ぐらいしか、相当するものは存在しません。また、こそあど言葉の こX・あX・そX が the, it, that, which などと直接対応するわけでもありません。そのため、日本語の発想で英文を書いても、前の文を受けて話を進めていくことがきれいにできず、ダサイ英文になってしまいます。

この点は、英語と日本語で思考法からして異なります。外国語を覚えることは、全く別の思考法を身に付けるということです。前述の情報を受けて、新たな情報をつけ加えていくというのが、英語的思考法の特徴の一つです。この思考法を、今みたいに言語化するまでもなく、感覚として身に付けることができれば、英語力は一段高いステージに登るのでしょう。

English for Programmers

現在の日本社会での英語の重要性については誰もが認識しているところでしょう。好む好まざるに関わらずグローバル化というのは進んでいて、それを意識しない企業はほとんど存在しない。ラーメン屋のような局地的な商売を行っている企業でさえ、海外進出を考える時世だ。世界の共通語は英語であり、グローバル化した社会では英語はコミュニケーションツールとして必須です。ビジネスは人間同士がするものなので、意思の疎通ができなければ話が進みません。そのため、楽天を嚆矢として英語化を経営施策として打ち出している企業は多い。

会社員は TOEIC を受験することを求められ、一定の点数を超えることが課せられている人も多いでしょう。日本の会社員の全てが英語ができる必要があるのかについては、私は疑ってはいるものの、世の中がそうなっている以上、会社員は英語を勉強せざるをえない。社会として英語化が正しいか間違っているかは未だ判断つかないが、個人としては英語ができた方が機会が広がることは間違いないでしょう。

ただし、Software Engineer に関しては、疑いの余地なしに、英語はできなければならない。世界の情報技術は驚くほどのスピードで発展しているにも関わらず、日本の IT 産業はとかく遅れているように見える。この理由の一つは、日本人のエンジニア達の英語力が原因ではないかと考えている。

現代では(少なくとも誰でも入手できる)最新の情報は英語で書かれている。誰かが英語の情報を日本語に直すのを待っていたら、10年以上のタイムラグとなってしまう。オープン化という言葉も死語になりつつあるが、世の中にある最も良い部品を集めてきて組み合わせるというのがその意味であって、英語ができなければ最良の道具を使うことが出来ず、オープン化の恩恵には預かれない。建前だけオープン化したところで、mainframe と COBOL で頑張るのと比べて大して変わらない。もう黒船は来てしまって、開国もされてしまっているのだから、文明開化をするしかないのです。

また、プログラムとは英語で書くものです。code は記号の意味ではあるが、プログラムためのコードは英語を模した人口言語で書かれた文章です。記号の羅列を操ったら自分が魔法使いみたいに思えて楽しくなってしまうのも分からないではないが、別に記号の羅列を吐き出せるのは偉いわけではなく、むしろ忌避されるべきものです。しかし、難読化された記号の羅列は生み出されており、多くの人に要らぬ苦労を強いています。仮説として、英語ができなければちゃんとしたプログラムは書けないのではないかと考えています。(逆は真ではないと思います。英語ができれば必ずプログラムは書けるわけではない。)正しい英語で書かれたプログラムが、きっちりしたプログラムであると知っていなければ、記号の羅列となるでしょう。英語と記号の区別がつかないのであれば、楽な記号を使うでしょう。英語を知らなければ naming ができないから、意味不明な文字の並びを名前にするでしょう。エンジニア諸君には英語を勉強してもらって、難読化された記号の羅列を抹殺していただきたい。

こんなことを書きつつも、私も英語ができるとは言えない。TOEIC の点数だけは頑張ったねと言われる程度 (870) であるが、会話は全くできない。英語の文章を読むにはストレスを感じるので、日本語の記事があればそっちを見てしまう。書くのは日本語の方が圧倒的に楽だ。日本人の中では上の下ぐらいだろうと思うが、外国から来た人と比べれば、私は英語ができない側にいる。

しかし、英語を覚えて、ちゃんとした人らと働けるようになりたい。また、言語というものは限られた人だけができても意味がないので、エンジニアは皆英語を勉強するべきと思っています。そのため、自己の学習の記録と啓蒙のために「English for Programmers」というタイトルでブログを付けようと思います。私も英語で苦労しているので、同じ苦労をしている人は多いに違いない。同志諸君の学習の助けになるように、役に立つことを書くようにします。